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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)282号 判決

神奈川県厚木市長谷398番地

原告

株式会社半導体エネルギー研究所

代表者代表取締役

山崎舜平

訴訟代理人弁理士

加茂裕邦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

松本悟

後藤千恵子

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第11005号事件について、平成7年8月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年9月7日にした特許出願(特願昭56-140653号)の一部を分割して、昭和62年9月12日、名称を「炭素皮膜」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭62-229386号)が、平成2年4月25日に拒絶査定を受けたので、同年6月28日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第11005号事件として審理したうえ、平成7年8月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月1日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された炭素を主成分とし、5モル%以下の水素を含むダイヤモンド類似の炭素皮膜。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、1981年にELSEVIER SEQUOIAが発行し、昭和56年7月9日に東京工業大学附属図書館が受け入いれた本願出願前に日本国内において頒布された刊行物である「Thin Solid films(Vol.80)」227~234頁(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)と同一であるから、特許法29条1項3号の規定に該当し、特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例記載事項及び本願発明と引用例発明との一致点の各認定は認め、本願発明と引用例発明との相違点の認定及び同相違点についての判断は争う。

審決は、相違点の認定及びこれについての判断を誤り、本願発明が引用例発明と同一であるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点の認定の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明とが、「前者(注、本願発明)がさらに『水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された』との製法による限定がされているのに対し、後者(注、引用例発明)には、具体的にその限定がない点で一見相違する。」(審決書4頁6~10行)と認定したが、誤りである。

すなわち、後記2のとおり、本願発明の構成上不可欠な「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との要件における、反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」とは、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子をいうところ、引用例の記載中には、炭化水素(エチレン)に加えて、別途水素を存在させたことを示す形跡は全くない。したがって、引用例には、「具体的にその限定がない」どころか、「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との要件の記載は一切なく、したがって、その点は、「一見相違する」どころか、全く相違するものである。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

審決は、上記相違点につき、「プラズマ中には、分子や原子のイオンや電子、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、ラジカルなどが存在し、化学的にきわめて活性な状態にあるから(必要なら、麻蒔立男著「薄膜作成の基礎-第2版-」第114~116頁、昭和59年7月30日第2版1刷、日刊工業新聞社発行)、炭化水素ガスのプラズマ中でのクラッキングによるカーボンの製造においては、プラズマ中に炭化水素だけでなく、炭素や水素単独の状態でも存在するから、水素原子と反応性炭化水素気体の水素原子が衝突し、それによる脱水素反応も当然起こると考えられ、引用例においても『水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された』ものということができ、この点で引用例記載の発明と相違するものということはできない。」(審決書4頁12行~5頁7行)と判断したが、誤りである。

(1)  本願発明は、「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との構成を必要不可欠とするが、この反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」とは、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子をいうのであって、反応性炭化水素が分解して生じる水素原子は、ここでいう「水素原子」に当たらない。

ア 本願明細書(平成5年3月30日付手続補正書(甲第4号証)による手続補正を経た後の平成4年1月20日付手続補正書(甲第3号証)添付の明細書を指す。以下同じ。)には、「本発明の被膜は、プラズマ気相法で炭化水素ガスから作製できる。

プラズマ気相法で炭化水素ガス(反応性気体)を活性化、分解せしめてダイヤモンド結合を得る場合、炭化水素ガスのC-H結合が分解し、活性化されたC-同士が共有結合してダイヤモンド類似の構造になる。

このとき、炭化水素ガスの他に水素が導入され、電磁エネルギによりプラズマ化される。

プラズマ状態で存在する水素は2つの作用を行う。

まず、活性化された水素原子が炭化水素ガスのC-H結合の水素原子に衝突して、活性化されたC-を生むと共に、水素原子自体はH-Hの結合を生じる。これが炭化水素ガスの脱水素化である。

次に、脱水素化により活性化されたC-が他のC-と結合されていない場合に、これとH-が結合して、不対結合手(ダングリングボンド)の中和作用を行う。活性化されたC-の多くが他のC-と結合されるが、5~20オングストローム(Å)の結晶性を持たせる場合、5モル%以下の水素がダングリングボンドを中和する。すなわち、本発明においてダイヤモンドに含まれる5モル%以下の水素は、ダングリングボンドの中和作用を行っているものである。」(甲第3号証添付明細書3頁5行~4頁9行、甲第4号証補正の内容(2)項)、「耐摩耗層(5)は、本発明により、炭素を主成分とするダイヤモンド類似の炭素皮膜とした。この耐摩耗層に関しては、以下の如くにして作製した。

すなわち、被形成面を有する基板を反応容器内に封入し、この反応容器を10-3torrまでに真空引きをするとともに、この基板を加熱炉により100~450℃好ましくは200~350℃例えば300℃に加熱した。この後この雰囲気中に水素を導入し、10-2~10torrにした後誘導方式または容量結合方式により電磁エネルギを加えた。・・・それは、プラズマ化した時の反応性気体の炭素-水素結合はきわめて安定であるため、炭素-水素が会合(同種分子の結合)した分子に対し高いエネルギを与え、炭素同志を共有結合させるためである。」(甲第3号証添付明細書10頁7行~11頁4行)等と、本願発明においては、炭化水素ガスのほかに水素ガスを導入し、電磁エネルギーによりプラズマ化することが記載されており、この点は本願明細書上統一されている。すなわち、本願発明は、炭化水素ガスのほかに必ず水素ガスを導入し、プラズマ化して水素原子とするものであり、この水素原子によって反応性炭化水素気体を脱水素化するものである。

イ 被告は、本願の特許請求の範囲に、反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」を限定する記載はないから、本願発明においては、該「水素原子」は、反応性炭化水素気体と別に存在していればよいのであり、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素に起因する水素原子だけではなく、反応性炭化水素が分解して生じる水素原子も、該「水素原子」に当たると主張する。

しかし、本願発明の実体がどういう点にあるかは、特許請求の範囲だけを形式的に見るのではなく、本願明細書の記載全体を通して把握されるべきである。しかるところ、上記のとおり、本願明細書には、炭化水素ガスのほかに水素ガスを導入し、電磁エネルギーによりプラズマ化することが記載されており、この点は本願明細書上統一されている。被告の上記主張は、明細書の記載を無視して特許請求の範囲の記載のみを形式的に見たことに基くものであるから、誤りである。

ウ さらに、審決の引用する昭和59年7月30日第2版1刷発行の麻蒔立男著「薄膜作成の基礎-第2版-」(以下「麻蒔文献」という。)には、「プラズマは『イオンと電子が混在し全体として中性を保っている状態』と定義される.分子や原子のイオンおよび電子の存在する空間-プラズヤ中には、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、遊離原子(ラジカルという)・・・などが必ず存在する.これらは化学的に極めて活性である.」(甲第6号証114頁7~11行)との記載があり、審決の「プラズマ中には、分子や原子のイオンや電子、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、ラジカルなどが存在し、化学的にきわめて活性な状態にある」との判断は、この記載によったものと考えられる。

しかし、麻蒔文献には、さらに、「空間にプラズマを作るには、その空間で電子を走らせ気体分子と衝突させてこれをイオン化したり励起(イオン化されないが活性化された状態)することが基本となる.」(同頁21~23行)、「ゴツゴツと衝突しながら運動する電子のスピード(温度)は上がらず、殆んど気体のそれと同程度である.圧力を下げ、電子をうまく加速してやると電子のスピードは上がりスピードを温度に換算した電子の温度・・・は気体の温度よりグンと高くなる・・・.この状態になるとわれわれの所望の活性なプラズマを作り、イオンやラジカルを利用することができるようになる.例えば、図5・21は、電子のエネルギーといろいろな励起のための衝突断面積の例を示す(衝突断面積が大きい程ラジカルは出来やすい).」(同号証115頁23行~116頁5行)、「5・5・2プラズマの作り方 プラズマ中にイオン化や励起に好適なエネルギーをもった電子をいかにして高密度で均等に分布した形状に作るかがその基本となる.」(同号証116頁11~13行)との各記載があって、プラズマすなわち「イオンと電子が混在し全体として中性を保っている状態」が電子の作用によって生じることが説明されており、電子以外のものの作用によって生じることは記載されていない。

したがって、「プラズマ中には、分子や原子のイオンや電子、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、ラジカルなどが存在し、化学的にきわめて活性な状態にある」から、「炭化水素ガスのプラズマ中でのクラッキングによるカーボンの製造においては、プラズマ中に炭化水素だけでなく、炭素や水素単独の状態でも存在するから、水素原子と反応性炭化水素気体の水素原子が衝突し、それによる脱水素反応も当然起こると考えられ」とする審決の判断は誤りであり、したがって、これを前提として「引用例においても『水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された』ものということができ」とすることも誤りである。

(2)  引用例には、「r.f.又はd.c.グロー放電プラズマ中で炭化水素ガスをクラックすることによって生じる炭素の顕著な特性は、多くの研究者にそれを“ダイヤモンド状”と言わせている。これは、その高い微小硬度、非常に低い導電率、適度な光学的透過度、高い屈折率および鋼に対する低いすべり摩擦係数を参考にしている。しかし、プラズマ堆積工程においてイオンが優位則に従ってふるまう事実にその起源があるこの語“i炭素”は多くの人々によりより親しみやすくなっている。」(甲第5号証訳文1頁19~24行)、「Weissmantelとその共同研究者たちは、グラファイトのアルゴンイオンスパッタリング及び同時にアルゴンイオンで成長する炭素層に衝撃を与えることにより炭素粒を生成した。大部分の他の研究者たちは適度な真空条件下でのグロー放電によって炭化水素ガスのクラッキングを行っていた。」(同1頁末行~2頁4行)、「ここで報告して研究に用いられた堆積パラメータはテーブルⅠに記載されている。堆積工程が始まる前に、珪素、ガラズ、鋼のサンプルが堆積チャンバーに設置される。その後そのチャンバーは密閉され、高純度状態を確保するために適度な低圧力に真空排気される。チャンバーに設置する前に、有機溶媒に完全に脱脂されるサンプルは、圧力約5×10-1Pa、バイアス電圧400V、15分間のアルゴンプラズマによるプレスパッタ工程を行うことによってクリーニングされる。この工程はすぐ後に堆積される炭素層の密着性を良くするのに必須であることがわかった。より高い圧力及び/又はより長いスパッタエッチング時間によって鋼に対する接着性が特に低下する。堆積はスパッタガスのアルゴンを堆積ガスのエチレンに変えることによって始まった。」(同2頁5~14行)、「IR分光分析及びガスクロマトグラフ測定が示しているところでは、i炭素層はかなりの量の水素を含んでいる。エチレン圧力5mTorr、バイアス電圧200Vで形成した層では、水素の量は5原子%程度である。」(同5頁9~11行)との記載がある。

これらの記載によれば、引用例発明における炭素膜の堆積は、アルゴンプラズマによるプレスパッタ工程を行うためのスパッタガスであるアルゴンを、堆積ガスのエチレン(炭化水素気体)に変えることによって始まったとされている。この場合に、アルゴンガスの全部をエチレンに変えたのか、その一部をエチレンに変えたのかは定かではないが、いずれにしても、引用例の記載中に、エチレンに加えて、別途水素を導入したことを示す形跡はない。したがって、引用例発明においては、エチレン(又はエチレンとアルゴン)だけを用いており、水素原子は、エチレンが分解したことによるものだけしか存在しない。

このように、本願発明の作製方法と引用例発明の作製方法は、生成態様、生成機構が異なるから、この点で、本願発明の炭素皮膜と引用例発明のi炭素層とは当然相違するものである。

(3)  本願明細書には、「本発明の炭素皮膜は、・・・ダイヤモンド類似の物性を有する。ここに、ダイヤモンド類似とは、ダイヤモンドに近い2.0eV以上のエネルギバンド幅と、2.5(W/cm deg)以上の熱伝導率と、4500kg/mm2以上のビッカース硬さを有することを意味する。」(甲第3号証2頁2~9行)との記載がある。

これに対し、引用例には、得られたi炭素層の性質につき、摩擦係数とヌープ微小硬度に関するデータが記載されているだけで、それが上記のダイヤモンド類似のエネルギーバンド幅、熱伝導率、ビッカース硬さを有することについては何らの記載もなく、ダイヤモンドが生成されたかどうかさえ確認されていない。

この点からも、本願発明の炭素皮膜と引用例発明のi炭素層とが相違するものであることが明らかである。

被告は、ヌープ硬度とビッカース硬度との間に相関関係があるかのような主張をするが、被告の引用する「セラミックス材料技術集成」の記載は、セラミックスに関するものであるから、ダイヤモンド類似の炭素皮膜について当てはまるものではない。

また、被告の引用する「PHYSICAL PROPERTIES OF DIAMOND」は、特定企業の内部資料と考えられ、客観性が疑わしいうえ、その記載をみても、「TableⅠ」の実験室ダイヤモンド(Laboratory Diamond)のヌープ硬度欄が空欄であるのみならず、ヌープ硬度とビッカース硬度双方の記載のある天然ダイヤモンド(Natural Diamond)についても、ビッカース硬度で9000~15000、ヌープ硬度で6000~10400の幅がある(乙第6号証44頁、なお、これは単結晶についての面方位による差異と考えられる。)から、ヌープ硬度とビッカース硬度の比較はできないと考えられる。また、「TableⅣ」には異なるダイヤモンドに関するビッカース硬度に9650~14730の幅があること(同22~23頁)が、「Fig.19」には同一ダイヤモンドを多数回測定したときのビッカース硬度に12000~15000の幅があること(同24頁)が記載されているから、同文献の記載によっても、ビッカース硬度自体ばらつきが激しく、天然ダイヤモンドでさえ、ヌープ硬度がビッカース硬度より値が小さいとはいえない。したがって、同文献の記載によって、引用例発明のi炭素層の硬度を説明することはできない。

(4)  本願発明の炭素皮膜と引用例発明のi炭素層とが相違することは、昭和62年10月20日発行の松本修外3名監修「ダイヤモンドの合性技術とその応用・例」(以下「松本文献」という。)によっても裏付けられる。

松本文献には、「導波管中に挿入した石英管にSiウエハを基板として設置し、CH4(5%)-H2、CH4(5%)-Ar、またはCH4(5%)-He混合ガスの1Torrの圧力下で出力150Wのマイクロ波を供給してプラズマを発生し、基板半に炭素膜を得た.析出物の表面解析結果とプラズマ診断の結果をあわせて、表7.1に示す.表7.1にみられるようにプラズマ状態の相違によって析出膜にはかなりの相違が認められており、メタンが水素によって希釈されたプラズマからは粒子状のダイヤモンドの析出が、アルゴンで希釈されたプラズマからはグラファイトとダイヤモンドを含む膜状析出物が認められた.メタンをヘリウムで希釈した場合にはグラファイトのみが析出した.」(甲第7号証90頁11~18行)、「プラズマの発光分光分析によれば、表7.2に示すように、CH4(5%)-H2プラズマにおいては、Hが著しく強く、CHやC2が弱く認められた.CH4(5%)-Arプラズマにおいては、CHやHに比してC2がかなり強く、Cの存在も認められた.CH4(5%)-HeプラズマにおいてもCH4-Arプラズマと同様のスペクトルが認められている.」(同号証90頁26行~92頁2行)との記載があり、この記載によれば、本願発明に相当するメタン・水素混合ガス(CH4(5%)-H2)を用いたプラズマの場合には粒子状のダイヤモンドが析出し、引用例発明に相当するメタン・アルゴン混合ガス(CH4(5%)-Ar、但し、引用例発明では炭化水素ガスがメタン(CH4)ではなくエチレン(C2H4)であり、また、アルゴン(Ar)の存在は定かではない。)を用いたプラズマの場合にはグラファイトとダイヤモンドを含む膜状析出物が得られ、メタン・ヘリウム混合ガス(CH4(5%)-He)を用いたプラズマの場合にはダイヤモンドは得られないことが解る。

このように、松本文献により、炭化水素とは別に加える水素の有無により、生成される炭素膜が異なることが実証されている。

(5)  引用例発明の作製方法によっては、本願発明のようなダイヤモンド類似の炭素皮膜が得られないことは、次の各文献によっても裏付けられる。

ア 1988年4月発行の「thin solid films(Vol.158No2)」には、水素で希釈されたメタン(CH4-H2)のプラズマを用いた場合にダイヤモンドが得られ、炭素(C)の量が多いエチレン(C2H4)からはダイヤモンドが得られなかったことが報告されている(甲第8号証訳文)。

イ 1986年1月15日発行のH・ハート著、秋葉欣哉外1名訳「ハート基礎有機化学」には、「はじめに攻撃してくる求電子試剤はプロトンH+であり、これがπ結合に近づくと、2つのπ電子は炭素原子の1つとプロトンの間にσ結合を作るのに使われる。」(甲第9号証74頁下から9~7行)との記載がある。そうすると、引用例発明の作製方法においては、原料エチレンの一部が分解して水素イオンを生成しても、この水素イオンは直にσ結合を作るのに消費され、ほとんど残らないから、引用例発明のi炭素層が「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」ものであるとはいえない。

ウ 1990年6月30日発行の吉田貞史著「応用物理工学選書3 薄膜」には、「通常の直流、高周波グロー放電では電離度は高々10-4であり、大半は中性粒子である」(甲第10号証67頁12~13行)との記載があり、1984年発行の「表面科学」第5巻第4号に掲載された奥田孝美の論文「プラズマの基礎」には、「低温プラズマの発生は比較的低い圧力(10-3~10Torr)の気体を電界で加速された電子によって電離する、いわゆる電界電離を用いる。荷電粒子密度と中性原子・分子密度の比で定義される電離度は10-4以下で低い。」(甲第11号証2頁右欄下から14~10行)との記載がある。引用例発明の作製方法において、プラズマ中に存在する水素原子は、エチレンの分解によるものだけが13MHzの高周波グロー放電により生成されるだけであり、その電離度はせいぜい10-4(0.01%)程度であるから、水素が反応性炭化水素気体の脱水素化に関与する量であることはあり得ない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(相違点の認定の誤り)について

引用例には、引用例発明が「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との具体的な製法による限定がされていない。そして、このことは、形式的には本願発明と引用例発明との相違点として捉えられるが、後記2のとおり、実質的には相違するものではない。審決は、このような形式的な相違点との趣旨で、本願発明と引用例発明とがこの点で「一見相違する」と認定したものであり、この相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)ア  原告は、本願発明の「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との構成における、反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」とは、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子をいうのであって、反応性炭化水素が分解して生じる水素原子は、ここでいう「水素原子」に当たらないと主張する。

しかしながら、本願の特許請求の範囲には、該「水素原子」を限定する記載はなく、上記本願発明の要旨においても、該「水素原子」に対する限定はなされていない。したがって、本願発明においては、該「水素原子」は、反応性炭化水素気体と別に存在していればよいのであり、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素に起因する水素原子だけではなく、反応性炭化水素が分解して生じる水素原子も、該「水素原子」に当たるものである。

本願明細書に原告主張の記載があり、炭化水素ガスのほかに水素ガスが別途導入され、電磁エネルギーによりプラズマ化されることが記載されていることは認めるが、これは、本願発明の1実施態様であるにすぎない。

イ  麻蒔文献に原告の摘示した記載があり、プラズマが電子の作用によって生じることが説明されていることは認める。

プラズマすなわち「イオンと電子が混在し全体として中性を保っている状態」は、電子の作用によって生じるものであるが、麻蒔文献に「プラズマ中には、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、遊離原子(ラジカルという)・・・などが必ず存在する.これらは化学的に極めて活性である.例えば化学的に極めて安定なCF4・・・でさえ、これを用いてプラズマを作るとF*(フッ素ラジカル)などができ、プラズマは化学的に極めて活性になる.」(甲第6号証114頁8~14行)と記載されているように、プラズマの活性は、プラズマ中に存在する遊離原子(ラジカル)などの作用によるものである。そして、炭化水素を用いてプラズマを作ると、炭化水素だけでなく、CF4からF*ができるのと同様、水素単独の状態すなわちH*(遊離水素原子、水素ラジカル)ができる。このH*は、化学的に極めて活性であり、引用例発明の作製方法においても、このH*が、反応性炭化水素気体の水素原子に衝突し、脱水素化することが明らかである。

したがって、「引用例においても『水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された』ものということができ、この点で引用例記載の発明と相違するものということはできない。」とした審決の判断に誤りはない。

(2)  引用例に原告主張の記載があり、引用例発明における炭素膜の堆積は、スパッタガスであるアルゴンを堆積ガスのエチレンに変えることによって始まったとされていること、アルゴンガスの全部をエチレンに変えたのか、その一部をエチレンに変えたのかは定かではないことは認める。

原告は、引用例発明の作製方法においてエチレンとは別に水素を導入した形跡はないと主張するが、誤りである。

すなわち、本願発明との関係において問題となるのは、上記(1)のとおり、エチレン等の反応性炭化水素気体とは別に水素を導入したかどうかではなく、反応性炭化水素気体とは別に水素原子が存在しているかどうかである。

そして、引用例の「IR分光分析及びガスクロマトグラフ測定が示しているところでは、i炭素層はかなりの量の水素を含んでいる。エチレン圧力5mTorr、バイアス電圧200Vで形成した層では、水素の量は5原子%程度である。」(甲第5号証訳文5頁9~11行)との記載に引き続く「グラファイト状領域に向かって応力が減少することについては、もちろんいつもプラズヤ中に存在している少量の水素の混入によるものと説明できる。」(同頁12~13行、但し、「もちろんいつもプラズマ中に存在している少量の水素」とある部分の原文は、「less hydrogen, which is of course always present in the plasma」(甲第5号証233頁下から14~13行)であるから、正確には「もちろんいつもプラズマ中に存在しているより少量の水素」と訳すべきであり、「より少量の水素(less hydrogen)」は、i炭素層に含まれる「かなりの量の水素(significant amounts of hydrogen)」に対して「より少量」という趣旨である。)との記載は、直接にはグラファイト状炭素についてのものであるが、グラファイト状炭素に含まれる「少量の水素」に対しi炭素層は「かなりの量の水素」を含むというのであるから、プラズマ中にエチレン等の反応性炭化水素気体とは別に「かなりの量の水素」が存在することは明白である。

(3)  本願明細書に「本発明の炭素皮膜は、・・・ダイヤモンド類似の物性を有する。ここに、ダイヤモンド類似とは、ダイヤモンドに近い2.0eV以上のエネルギバンド幅と、2.5(W/cm deg)以上の熱伝導率と、4500kg/mm2以上のビッカース硬さを有することを意味する。」との記載があることは認める。

他方、引用例には、ヌープ硬度(1000kgfmm-2)で4.6、5.0、5.1、5.2、5.6等のi炭素層が作製されたことが記載されている(甲第5号証231頁第5図)。

そして、昭和54年4月10日発行のセラミックス材料技術集成編集委員会編「セラミックス材料技術集成」に「高純度、高密度のセラミックスについて、かたさと圧縮強さの関係を表2.2に示す.この表から明らかなように、・・・ヌープかたさはビッカースかたさより約20%小さいことがわかる.」(乙第5号証253頁左欄下から20~16行)との記載があり、1975年10月発行のR.M.クレンコ及びH.M.ストロング著「PHYSICAL PROPERTIES OF DIAMOND」(以下「クレンコ文献」という。)に「ダイヤモンドの硬度は、ケントロン ビッカース硬度試験機によって、対面角136°のダイヤモンド正四角錐圧子による200g荷重を用いて測定された。」(乙第6号証訳文3頁3~5行)、「別の硬度の試験はヌープ硬度試験である。ヌープとビッカース硬度試験は、正四角錐圧子の代わりに、ヌープ試験が、長軸と短軸の比7:1の四角錐圧子を用いる点を除いて同じである。・・・ダイヤモンドのヌープ硬度の文献値は、この仕事で測定されたビッカース硬度の約2/3である。」(同4頁8~14行)との記載があるように、本願発明のダイヤモンド類似の炭素皮膜と同種の物質であるセラミックスにおいて、ヌープ硬度はビッカース硬度より約20%小さい値となること、ダイヤモンドにおいて、ヌープ硬度はビッカース硬度の約2/3となることが周知であるから、引用例に記載された上記ヌープ硬度の値は、ビッカース硬度で4500kg/mm2以上となるものである。

したがって、引用例発明のi炭素層が本願発明の炭素皮膜と実質的に区別できないものであることは明らかである。

(4)  原告は、松本文献の記載を引用して、炭化水素とは別に加える水素の有無により、生成される炭素膜が異なることが実証されていると主張するが、誤りである。

すなわち、原告は、松本文献に記載されたメタン・水素混合ガス(CH4(5%)-H2)を用いたプラズマの例が本願発明に相当し、水素が分解した水素原子を有することにより粒子状のダイヤモンドが析出すると主張する。しかし、本願明細書には、「ここに、ダイヤモンド類似とは、ダイヤモンドに近い2.0eV以上のエネルギバンド幅と、2.5(W/cm deg)以上の熱伝導率と、4500kg/mm2以上のビッカース硬さを有することを意味する。本発明の炭素皮膜で水素を5モル%以下にしたのは、炭素の結合に結晶性を持たせるためで、5モル%より多くすると、炭素の共有結合が非晶質(アモルファス)結合やグラファイト結合の方向に崩れて、ダイヤモンド類似の物性が得られなくなるからである。・・・水素の量が5モル%以下のように低くすることにより、炭素同志の共有結合が強くなり、前述の諸物性が得られるのである。このとき、炭素皮膜の炭素同志の共有結合が強くなる(多くなる)結果、当該炭素皮膜は5~20オングストローム(A)の大きさに結晶化した形態の構造を有している。」(甲第3号証添付明細書2頁5行~3頁3行、甲第4号証補正の内容(2)項)、「本発明では、不対結合手の量が少なく、5モル%以下の低い存在量で、炭素同志の共有結合が強くダイヤモンドと類似の物性を有することになる」(甲第3号証添付明細書4頁12~15行)、「例えば、電気エネルギの周波数は13.56MHz、出力は50~500Wとし、実質的な電極間隔は15~150cmと長くした。それはプラズマ化した時の反応性気体の炭素-水素結合はきわめて安定であるため、炭素-水素が会合(同種分子の結合)した分子に対し高いエネルギを与え、炭素同志を共有結合させるためである。形成された被膜に関し、250~500Wの出力を加えた時は炭素の共有結合を有した構造が電子線回析で観察された。」(同10頁18行~11頁7行)との各記載があり、これらの記載からみて、本願発明の炭素皮膜がダイヤモンド類似の構造となるのは、炭素皮膜中の水素を5モル%以下にしたこと、反応性炭化水素気体の炭素-水素が会合した分子に対し高いエネルギー(出力)を与えて脱水素化したことにより炭素同士の共有結合を強くしたからであり、反応性炭化水素気体とは別に水素を存在させ、水素が分解した水素原子を有するからでないことは明らかである。また、松本文献には、「マイクロ波放電によって発生したCH4(5%)-H2プラズマよりグラファイト含有量の少ないダイヤモンド膜を析出させることができた.この際、プラズマ中には、sp3混成軌道を有するCH3ラジカルが多量に存在することが認められており、これの基板への析出によって水素含有量の多いダイヤモンド膜が析出する.」(甲第7号証93頁下から2行~94頁3行)との記載があるから、炭素皮膜中の水素含有量が5モル%以下と比較的少量の本願発明は、松本文献のCH4(5%)-H2プラズマを用いた場合に相当するとはいえない。

原告は、さらに、松本文献に記載されたメタン・アルゴン混合ガス(CH4(5%)-Ar)を用いたプラズマの例が引用例発明に相当し、グラファイトとダイヤモンドを含む膜状析出物が得られると主張する。しかし、引用例には、「r.f.又はd.c.グロー放電プラズマ中で炭化水素ガスをクラックすることによって生じる炭素の顕著な特性は、多くの研究者にそれを“ダイヤモンド状”と言わせている。これは、その高い微小硬度、非常に低い導電率、適度な光学的透過度、高い屈折率および鋼に対する低いすべり摩擦係数を参考にしている。しかし、プラズマ堆積工程においてイオンが優位則に従ってふるまう事実にその起源があるこの語“i炭素”は多くの人々によりより親しみやすくなっている。」(甲第5号証訳文1頁19~24行)と記載されているとおり、引用例発明のi炭素層が、高い微小硬度、非常に低い導電率、適度な光学的透過度、高い屈折率および鋼に対する低いすべり摩擦係数によりダイヤモンドに類似することが示されており、グラファイトとダイヤモンドを含むことは示されていない。のみならず、引用例には、「微小硬度の測定によって、その層は、低バイアス電圧、高エチレン圧力では軟らかく、残りのパラメータでは非常に硬くできることが示される。」(同1頁12~14行)、「バイアス電圧とエチレン圧力を変えることによって、硬化ダイヤモンド状絶縁非透光層を介して軟化ポリマー絶縁透光層から硬化グラファイト状弱導電吸収層の範囲で、全く異なった特性を有するi炭素層を形成できる。図5はヌープ微小硬度が前述の堆積パラメータに依存するグラフを対数-対数スケールで示している。・・・図5は高圧力、低バイアス電圧でのポリマー状領域(pで示す)を明らかに示している。2つの破曲線の間のこの領域では、ダイヤモンド状炭素が形成される。」(同4頁7~17行)、「最も高い応力はダイヤモンド状領域でみられ、上部左側角のグラファイト状領域と下部右側角のポリマー状領域とに向かって減少している。」(同5頁3~5行)、「IR分光分析及びガスクロマトグラフ測定が示しているところでは、i炭素層はかなりの量の水素を含んでいる。エチレン圧力5mTorr、バイアス電圧200Vで形成した層では、水素の量は5原子%程度である。グラファイト状領域に向かって応力が減少することについては、もちろんいつもプラズマ中に存在している少量の水素の混入によるものと説明できる。」(同5頁9~13行、但し、「少量の水素」とある部分は正確には「より少量の水素」と訳すべきである。)との各記載並びに図面第7図の説明文である「バイアス電圧UBとエチレン圧力Pc2H4とを関数とした、ガラス基板に堆積したi炭素層の等価圧縮応力曲線(109Pa)」(同5頁7~8行)との記載があり、これらの記載及び図面第7図の記載からみて、引用例発明の炭素皮膜を、軟らかいポリマー状ではなく、硬いダイヤモンド状にするためには、エチレン圧力を比較的低くして、炭素皮膜中に5原子%(2.5モル%)程度の比較的少量の水素を混入させること(図面第7図に、グラファイト状領域では、エチレン圧力が極めて低く、より少量の水素が混入していること、ポリマー状領域では、エチレン圧力が高く、比較的多量の水素が混入していることが示されているので、これらの領域をはずすこと)、バイアス電圧を高くして、エチレンに対し高いエネルギー(出力)を与えて脱水素化することが必要であることが理解される。審決の「引用例1(注、引用例を指す。)には、水素含量、約5原子%、即ち、約、2.5モル%の水素を含む、炭素を主成分とするダイヤモンド類似の炭素皮膜が記載されている」(審決書3頁19行~4頁2行)との指摘に係るダイヤモンド類似の炭素皮膜、すなわち、引用例発明は、このような条件下で作製したものであり、本願発明同様、炭素同士の共有結合の強いものであって、松本文献のCH4(5%)-Arプラズマを用いた場合とは異なり、本願発明のダイヤモンド類似の炭素皮膜と実質的に相違するものではない。

(5)ア  1988年4月発行の「thin solid films(Vol.158 No2)」に、水素で希釈されたエチレンからダイヤモンドが得られなかったことが報告されていることは認めるが、上記(4)のとおり、引用例には、特定の条件を採用することによって、エチレンからダイヤモンド類似の炭素皮膜が形成されることが記載されているのであるから、引用例とは異なる条件を採用する上記文献にダイヤモンドが得られなかった旨の記載があったとしても、引用例発明がダイヤモンド類似の炭素皮膜であることが否定されることにはならない。なお、本願発明においても炭化水素としてエチレンを使用できるのであるから、エチレンからはいかなる条件の下でもダイヤモンドが得られないとすれば、本願発明とも矛盾することになる。

イ  また、原告は、H・ハート著、秋葉欣哉外1名訳「ハート基礎有機化学」の記載を引用して、引用例発明の作製方法においては、原料エチレンの一部が分解して水素イオンを生成しても、この水素イオンは直にσ結合を作るのに消費され、ほとんど残らないと主張するが、引用例発明では、プラズマ中において、

C2H4→2C*+4H*→C-C結合+2H2

の反応が主として起きていることが明らかであるから、原告の主張は誤りである。

ウ  原告は、吉田貞史著「応用物理工学選書3 薄膜」及び「表面科学」第5巻第4号に掲載された奥田孝美の論文「プラズマの基礎」の記載を引用して、引用例発明の作製方法において、プラズマ中に存在する水素原子が反応性炭化水素気体の脱水素化に関与する量であることはあり得ないと主張するが、上記(2)のとおり、引用例発明において、プラズマ中に「かなりの量の水素」が存在することは明白である。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の認定の誤り)について

前示争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明の炭素皮膜に「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との製法による限定がされていることは明らかである。他方、引用例(甲第5号証)には、引用例発明のi炭素層の製法、特性等が記載されているところ、その記載中に、i炭素層が「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との趣旨であると認められる直接的、具体的な文言は存在しない。

審決が、本願発明と引用例発明との一致点の認定(審決書4頁4~6行)に続けて、「前者(注、本願発明)がさらに『水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された』との製法による限定がされているのに対し、後者(注、引用例発明)には、具体的にその限定がない点で・・・相違する。」(同頁6~10行)としたのは、前示した点で本願発明と引用例発明とが相違すると認定した旨を述べたものであり、その点で本願発明が引用例発明に対し新規性及び進歩性を具備する発明に当たる可能性があるから、その検討判断を行うことを示唆したものであることは明らかであって、その認定には、前示のとおり、何ら誤りはない。また、審決が、「相違する」との文言の前に「一見」との文言を挿入したことが、その相違点につき、新規性の要件に係る、実質的に同一である場合に当たるかどうかにまで及んで判断することを示唆する常套的な用語法であることは当裁判所に顕著であり、現に審決は、相違点につき実質的に同一である場合に当たるかどうかを判断している(同4頁11行~5頁7行)のであるから、その点でも審決に誤りはない。

原告は、「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との要件における、反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」が、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子をいうのに対し、引用例の記載中には、炭化水素に加えて、別途水素を存在させたことを示す形跡は全くないから、引用例には、該要件の記載は一切ないとか、その点は全く相違するものである等と主張するが、審決を正解しないでなす主張というべきであり、かつ、該「水素原子」が反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子をいうものであるかどうかは、必要があれば、該相違点について判断する際に検討されるべきであって、該相違点の認定の当否とは関わりのない事柄である。

したがって、審決の相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)ア  本願明細書に、「本発明の被膜は、プラズマ気相法で炭化水素ガスから作製できる。

プラズマ気相法で炭化水素ガス(反応性気体)を活性化、分解せしめてダイヤモンド結合を得る場合、炭化水素ガスのC-H結合が分解し、活性化されたC-同士が共有結合してダイヤモンド類似の構造になる。

このとき、炭化水素ガスの他に水素が導入され、電磁エネルギによりプラズマ化される。

プラズマ状態で存在する水素は2つの作用を行う。

まず、活性化された水素原子が炭化水素ガスのC-H結合の水素原子に衝突して、活性化されたC-を生むと共に、水素原子自体はH-Hの結合を生じる。これが炭化水素ガスの脱水素化である。

次に、脱水素化により活性化されたC-が他のC-と結合されていない場合に、これとH-が結合して、不対結合手(ダングリングボンド)の中和作用を行う。活性化されたC-の多くが他のC-と結合されるが、5~20オングストローム(Å)の結晶性を持たせる場合、5モル%以下の水素がダングリングボンドを中和する。すなわち、本発明においてダイヤモンドに含まれる5モル%以下の水素は、ダングリングボンドの中和作用を行っているものである。」(甲第3号証添付明細書3頁5行~4頁9行、甲第4号証補正の内容(2)項)、「耐摩耗層(5)は、本発明により、炭素を主成分とするダイヤモンド類似の炭素皮膜とした。この耐摩耗層に関しては、以下の如くにして作製した。

すなわち、被形成面を有する基板を反応容器内に封入し、この反応容器を10-3torrまでに真空引きをするとともに、この基板を加熱炉により100~450℃好ましくは200~350℃例えば300℃に加熱した。この後この雰囲気中に水素を導入し、10-2~10torrにした後誘導方式または容量結合方式により電磁エネルギを加えた。・・・それは、プラズマ化した時の反応性気体の炭素-水素結合はきわめて安定であるため、炭素-水素が会合(同種分子の結合)した分子に対し高いエネルギを与え、炭素同志を共有結合させるためである。」(甲第3号証添付明細書10頁7行~11頁4行)との記載があることは、当事者間に争いがない。

原告は、このように、プラズマ気相法で反応性炭化水素気体を活性化、分解せしめてダイヤモンド結合を得る際に、反応性炭化水素気体の他に水素を導入してプラズマ化することが本願明細書に記載されていることを根拠として、本願発明において、反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」とは、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子をいうのであって、反応性炭化水素が分解して生じる水素原子は、ここでいう「水素原子」に当たらないと主張する。

しかしながら、前示争いのない本願発明の要旨は、該「水素原子」につき何らの限定もしていないから、該「水素原子」が反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子であるということは、本願発明の要旨に規定されているところではない。該「水素原子」は、プラズマ中に、反応性炭化水素気体を脱水素化するに十分な活性を有する水素原子として、反応性炭化水素気体とは別に存在していれば足りるものであっで、そのようなものでありさえすれば、反応性炭化水素気体とは別に存在させた(導入した)水素に起因する水素原子だけでなく、反応性炭化水素が分解して生じる水素原子も該「水素原子」に含まれると解さざるを得ない。

イ  麻蒔文献に、「プラズマは『イオンと電子が混在し全体として中性を保っている状態』と定義される.分子や原子のイオンおよび電子の存在する空間-プラズマ中には、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、遊離原子(ラジカルという)・・・などが必ず存在する.これらは化学的に極めて活性である.」(甲第6号証114頁7~11行)との記載があることは当事者間に争いがなく、麻蒔文献(甲第6号証)には、引き続いて「例えば化学的に極めて安定なCF4・・・でさえ、これを用いてプラズマを作るとF*(フッ素ラジカル)などができ、プラズマは化学的に極めて活性になる.」(同号証114頁10~14行)、「空間にプラズマを作るには、その空間で電子を走らせ気体分子と衝突させてこれをイオン化したり励起(イオン化されないが活性化された状態)することが基本となる.電子が気体分子と衝突するとすべて、これをイオン化するのではなくある確率でこれをイオン化する・・・イオン化しない衝突においては気体分子は励起され、励起原子や分子、ラジカルなどを作る。とれらがプラズマの活性さを実現する.」(同114頁下から3行~115頁9行)との記載がある。

これらの記載によれば、プラズマは、イオン(電子が気体分子に衝突してある確率でイオン化したもの)と電子が混在し、全体として中性を保っている状態のものであるところ、プラズマ中には、イオンや電子のほか、電子が気体分子に衝突して生じ、化学的に極めて活性で、その結果プラズマを化学的に極めて活性なものとする励起原子、励起分子、遊離原子(ラジカル)等が必ず存在することが認められる。

ウ  他方、引用例に、「r.f.又はd.c.グロー放電プラズマ中で炭化水素ガスをクラックすることによって生じる炭素の顕著な特性は、多くの研究者にそれを“ダイヤモンド状”と言わせている。これは、その高い微小硬度、非常に低い導電率、適度な光学的透過度、高い屈折率および鋼に対する低いすべり摩擦係数を参考にしている。しかし、プラズマ堆積工程においてイオンが優位則に従ってふるまう事実にその起源があるこの語“i炭素”は多くの人々によりより親しみやすくなっている。」(甲第5号証訳文1頁19~24行)、「Weissmantelとその共同研究者たちは、グラファイトのアルゴンイオンスパッタリング及び同時にアルゴンイオンで成長する炭素層に衝撃を与えることにより炭素粒を生成した。大部分の他の研究者たちは適度な真空条件下でのグロー放電によって炭化水素ガスのクラッキングを行っていた。」(同1頁末行~2頁4行)、「ここで報告した研究に用いられた堆積パラメータはテーブルⅠに記載されている。堆積工程が始まる前に、珪素、ガラス、鋼のサンプルが堆積チヤンバーに設置される。その後そのチャンバーは密閉され、高純度状態を確保するために適度な低圧力に真空排気される。チャンバーに設置する前に、有機溶媒に完全に脱脂されるサンプルは、圧力約5×10-1Pa、バイアス電圧400V、15分間のアルゴンプラズマによるプレスパッタ工程を行うことによってクリーニングされる。この工程はすぐ後に堆積される炭素層の密着性を良くするのに必須であることがわかった。より高い圧力及び/又はより長いスパッタエッチング時間によって鋼に対する接着性が特に低下する。堆積はスパッタガスのアルゴンを堆積ガスのエチレンに変えることによって始まった。」(同2頁5~14行)、「IR分光分析及びガスクロマトグラフ測定が示しているところでは、i炭素層はかなりの量の水素を含んでいる。エチレン圧力5mTorr、バイアス電圧200Vで形成した層では、水素の量は5原子%程度である。」(同5頁9~11行)との記載があることは当事者間に争いがない。引用例(甲第5号証)には、さらに、ここに掲記した最後の記載に引き続き、「グラファイト状領域に向かって応力が減少することについては、もちろんいつもプラズマ中に存在しているより少量の水素の混入によるものと説明できる。」(同号証訳文5頁12~13行、但し、同訳文では「もちろんいつもプラズマ中に存在しているより少量の水素」の部分が「もちろんいつもプラズマ中に存在している少量の水素」とされているが、原文の「less hydrogen, which is of course always present in the plasma」(同号証233頁下から14~13行)に照らして訂正して掲記した。)との記載があり、

「テーブルⅠ」の堆積パラメータとして、

「開始圧力 (5-50)×10-5Pa

陰極-陽極間距離 70mm

r.f.電力の周波数 13MHz

r.f.電力(概略値) 100-1000W

バイアス電圧 10-1400V

処理圧力 5×10-2から13Pa

処理ガス エチレン

堆積速度 0.03-4μmh-1

r.f.電力のカップリング ブロッキングキャパシタに終端しているマッチングボックスを介して

サンプルポルダ スパッタターゲットのための従来の水冷支持体」

と記載されている(同号証訳文2頁、なお、「r.f.」は高周波(radio frequency)の略と考えられる。)。

これらの記載によれば、引用例には、前示「テーブルⅠ」記載の条件下で、密閉堆積チャンバー内で炭化水素気体(エチレン)によりプラズマを形成する方法で、引用例発明のi炭素層の生成を試みることが記載されているものと認められるほか、「エチレン圧力5mTorr、バイアス電圧200Vで形成した層」のi炭素層にはかなりの量(5原子%程度)の水素が、グラファイト状領域の生成物にはこれに比べては「より少量の」水素が、それぞれ「いつもプラズマ中に存在している」水素から混入したことが記載されているものと認められ、そうすると翻って、「いつもプラズマ中に存在している」水素の量も相当量であることが推認される。そして、前示イの麻蒔文献の記載を併せ考えると、この「いつもプラズマ中に存在している」相当量の水素は、プラズマ中でエチレン(炭化水素気体)が分解して生じたものであって、化学的に極めて活性である励起水素原子若しくは遊離水素原子(水素ラジカル)又はその両方であると考えることができる。そして、それは、化学的に極めて活性であるから、炭化水素気体であるエチレンの水素原子に衝突してその脱水素化を行うことは明らかであり、引用例では、この作用によって引用例発明であるi炭素層を作製するものと推認される。

そうすると、引用例発明のi炭素層の製法においては、プラズマ中に、反応性炭化水素が分解して生じ、反応性炭化水素気体を脱水素化するに十分な活性を有する水素原子が、反応性炭化水素気体とは別に存在していることになるから、前示アのとおり、この水素原子も、本願発明において反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」に含まれるものと解するのが相当である。

エ  原告は、本願発明の実体がどういう点にあるかは、特許請求の範囲だけを形式的に見るのではなく、本願明細書の記載全体を通して把握されるべきであり、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素に起因する水素原子だけではなく、反応性炭化水素が分解して生じる水素原子も該「水素原子」に当たるとすることは、明細書の記載を無視して特許請求の範囲の記載のみを形式的に見た誤りであると主張する。しかし、該「水素原子」が、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子であるということは、本願の特許請求の範囲に記載されていないだけでなく、前示のとおり、当事者間に争いのない本願発明の要旨の規定するところでもない。仮に、原告の前示主張の「本願発明の実体」が本願発明の要旨を意味し、該「水素原子」を、反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子に限定して本願発明の要旨の認定をすべきであるとの趣旨であるとしても、発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないとか、一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるところ、本願の特許請求の範囲における、反応性炭化水素気体を脱水素化する「水素原子」(特許請求の範囲の冒頭に記載された「水素原子」)について、かかる特段の事情が存在するものと認めることはできないから、該「水素原子」を反応性炭化水素気体とは別に存在させた水素だけに起因する水素原子に限定して、本願発明の要旨の認定をすべき場合には当たらない。

したがって、原告の前示主張は、いずれにしても失当である。

オ  また、原告は、麻蒔文献には、プラズマが電子の作用によって生じることが説明されており、電子以外のものの作用によって生じることは記載されていないから、「炭化水素ガスのプラズマ中でのクラッキングによるカーボンの製造においては、プラズマ中に炭化水素だけでなく、炭素や水素単独の状態でも存在するから、水素原子と反応性炭化水素気体の水素原子が衝突し、それによる脱水素反応も当然起こると考えられ」とする審決の判断が誤りであるとも主張するが、プラズマが電子の作用によって生じることと、引用例発明において、プラズマ中に化学的に十分な活性を有する励起水素原子若しくは遊離水素原子又はその双方が存在し、反応性炭化水素気体を脱水素化することとは、前示イ及びウで示したとおり、相互に矛盾するものではないから、原告のこの主張も誤りである。

(2)ア  本願明細書に、「本発明の炭素皮膜は、・・・ダイ

ヤモンド類似の物性を有する。ここに、ダイヤモンド類似とは、ダイヤモンドに近い2.0eV以上のエネルギバンド幅と、2.5(W/cm deg)以上の熱伝導率と、4500kg/mm2以上のビッカース硬さを有することを意味する。」(甲第3号証2頁2~9行)との記載があることは当事者間に争いがない。

原告は、これに対し引用例には、得られたi炭素層の性質につき、それが上記のダイヤモンド類似のエネルギーバンド幅、熱伝導率、ビッカース硬さを有することについては何らの記載もなく、ダイヤモンドが生成されたかどうかさえ確認されていないから、本願発明の炭素皮膜と引用例発明のi炭素層とが相違するものであると主張する。

イ  引用例(甲第5号証)には、「バイアス電圧とエチレン圧力を変えることによって、硬化ダイヤモンド状絶縁非透光層を介して軟化ポリマー絶縁透光層から硬化グラファイト状弱導電吸収層の範囲で、全く異なった特性を有するi炭素層を形成できる。図5はヌープ微小硬度が前述の堆積パラメータに依存するグラフを対数-対数スケールで示している。数字は微小硬度(103kgfmm-2)を表わしている。山がたかっこは対象の層が0.5μmより厚いことを示し、すなわち、このような硬度値は、より軟らかい珪素基板による影響が顕著でないので、他の硬度値よりも信頼できる。丸かっこは追加値である。図5は高圧力、低バイアス電圧でのポリマー状領域(pで示す)を明らかに示している。この領域では、2gfの押込み負荷によってこの層が削り取られても微小硬度を測定できなかった。2つの破曲線の間のこの領域では、ダイヤモンド状炭素が形成される。この領域は、その領域で比較的高い硬度がみられるが、グラフの上部左側角の3つのデータ点によって示されるグラファイト状領域から厳密に分けることができない。」(同号証訳文4頁7~19行)との記載、及び図面第5図の説明文である「i炭素層の最大ヌープ微小硬度とバイアス電圧U8およびエチレン圧力PC2H4との関係。数字は1000kgfmm-2の単位の微小硬度である。」(同頁23~24行)との記載があり、これらの記載と図面第5図(同号証231頁)によれば、引用例発明のi炭素層の製法により、特定のバイアス電圧とエチレン圧力の範囲内で、それぞれヌープ硬度4600kgfmm-2、5000kgfmm-2、5100kgfmm-2、5200kgfmm-2、及び、5600kgfmm-2を示すダイヤモンド状の炭素層が作製されたことが認められる。

ウ  他方、クレンコ文献(乙第6号証)には、「ダイヤモンドの硬度は、ケントロン ビッカース硬度試験機によって、対面角136°のダイヤモンド正四角錐圧子による200g荷重を用いて測定された。」(同号証訳文3頁3~5行)、「別の硬度の試験はヌープ硬度試験である。ヌープとビッカース硬度試験は、正四角錐圧子の代わりに、ヌープ試験が、長軸と短軸の比7:1の四角錐圧子を用いる点を除いて同じである。ヌープ硬度I=L/A又はL/cl2、但し、A=くぼみの投影面積、l=くぼみの長軸の長さ、cは比例定数、L=荷重kg。ダイヤモンドのヌープ硬度の文献値は、この仕事で測定されたビッカース硬度の約2/3である。」(同4頁8~14行)との記載がある。これらの記載によると、ビッカース硬度試験とヌープ硬度試験とは、使用する圧子の形状が、ビッカース硬度試験では正四角錐圧子であるのに対し、ヌープ硬度試験では長軸と短軸の比7:1の四角錐圧子である点で異なるだけであることが認められるから、ビッカース硬度値とヌープ硬度値との間には相関的な関係があるものと考えるのが技術上自然であるところ、前示記載によれば、ダイヤモンドの硬度領域において、ヌープ硬度がビッカース硬度の約2/3となる関係が存在するものと認められる。

また、昭和54年4月10日発行のセラミックス材料技術集成編集委員会編「セラミックス材料技術集成」(乙第5号証)には、「高純度、高蜜度のセラミックスについて、かたさと圧縮強さの関係を表2.2に示す.この表から明らかなように、・・・ヌープかたさはビッカースかたさより約20%小さいことがわかる.」(同号証253頁左欄下から20~16行)との記載があり、この記載と表2.2(同頁)の記載によれば、セラミックスの硬度領域においては、ヌープ硬度はビッカース硬度より約20%小さい値となる(すなわち、ヌープ硬度はビッカース硬度の約4/5となる)関係が存することが認められる。

これらのビッカース硬度値とヌープ硬度値との関係は、直接本願発明及び引用例発明のダイヤモンド類似の炭素皮膜の硬度領域に係るものではないが、技術常識上、ダイヤモンド類似の炭素皮膜の硬度領域はダイヤモンドとセラミックスのそれぞれの硬度領域の間にあるものと理解されるから、ダイヤモンド類似の炭素皮膜の硬度領域においては、ヌープ硬度がビッカース硬度のおよそ2/3~4/5となる関係が存在するものと認めるのが相当である。

そして、単位kgfmm-2のf(フォース)はgw(グラム重)の力を表すことは技術常識であるから、kgfmm-2の値とkg/mm2の値は同じとなり、そうすると、前示の引用例発明であるヌープ硬度4600kgfmm-2、5000kgfmm-2、5100kgfmm-2、5200kgfmm-2、及び、5600kgfmm-2を示すダイヤモンド状の炭素層が、4500kg/mm2以上のビッカース硬度を有することは明らかである。

エ  原告は、クレンコ文献が特定企業の内部資料と考えられるから客観性が疑わしいと主張するが、そのように断ずる根拠はない。また、原告は、「セラミックス材料技術集成」の記載がセラミックスに関するものであり、クレンコ文献の「Table Ⅰ」にヌープ硬度とビッカース硬度双方の値の記載のあるのが天然ダイヤモンドであることから、これらの文献の記載がダイヤモンド類似の炭素皮膜又は引用例発明のi炭素層に当てはまらないと主張するが、これらの文献に記載されたビッカース硬度値とヌープ硬度値との関係が直接ダイヤモンド類似の炭素皮膜の硬度領域に係るものではなくとも、これにより、ダイヤモンド類似の炭素皮膜の硬度領域に係るビッカース硬度値とヌープ硬度値とのおよその相関関係を認定し得ることは前示のとおりである。さらに、原告は、クレンコ文献の「Table Ⅰ」に記載されたビッカース硬度値とヌープ硬度値に、ビッカース硬度が9000~15000、ヌープ硬度が6000~10400の幅があることから、ヌープ硬度とビッカース硬度の比較はできないと主張するが、その主張によっても、各最高値と最低値同士にそれぞれヌープ硬度がビッカース硬度の概ね2/3となる関係が認められる以上、ヌープ硬度がビッカース硬度の約2/3程度であると認定することの妨げとはならない。なお、異なるダイヤモンドに関するビッカース硬度に幅があることがヌープ硬度とビッカース硬度の前示相関関係に影響を及ぼすものでないことは明らかであるし、クレンコ文献の「Fig.19」(同24頁)に示された同一ダイヤモンドを多数回測定したときのビッカース硬度の幅は、同一ダイヤモンドの異なる部位を測定した結果によるものであるから、このこともヌープ硬度とビッカース硬度の前示相関関係を損なうものではない。

オ  引用例(甲第5号証)には、引用例発明のi炭素層につき、エネルギバンド幅と熱伝導率に関する具体的な数値についての言及は見当たらない。

しかしながら、前示アの本願発明の炭素皮膜の硬度、エネルギバンド幅及び熱伝導率に係る具体的な数値限定は、前示争いのない本願発明の要旨の規定するところではなく、本願発明の要旨は単に「ダイヤモンド類似の」と規定するだけである。そして、硬度特性は、炭素皮膜のダイヤモンド類似の特性を特徴付ける特性であるものと考えられ、このことは、前示のとおり引用例に、i炭素層の硬度特性に関する具体的な記載はあるが、エネルギバンド幅と熱伝導率の特性に関する具体的な言及がないことによっても裏付けられるものというべきところ、その硬度特性に関して、引用例発明のi炭素層の硬度は、本願発明の要旨においてダイヤモンド類似とされている本願発明の炭素皮膜の硬度と同一であると認められるのであるから、引用例発明は、引用例にそのエネルギバンド幅及び熱伝導率の具体的数値の記載がなくとも、ダイヤモンド類似の炭素皮膜であるものということができ、この点で本願発明と相違はないものというべきである。

したがって、ダイヤモンド類似の特性の点で、本願発明の炭素皮膜と引用例発明のi炭素層とが相違するものであるとする原告の主張は採用することができない。

(3)  松本文献(甲第7号証)には、「導波管中に挿入した石英管にSiウエハを基板として設置し、CH4(5%)-H2、CH4(5%)-Ar、またはCH4(5%)-He混合ガスの1Torrの圧力下で出力150Wのマイクロ波を供給してプラズマを発生し、基板上に炭素膜を得た.析出物の表面解析結果とプラズマ診断の結果をあわせて、表7.1に示す.表7.1にみられるようにプラズマ状態の相違によって析出膜にはかなりの相違が認められており、メタンが水素によって希釈されたプラズマからは粒子状のダイヤモンドの析出が、アルゴンで希釈されたプラズマからはグラファイトとダイヤモンドを含む膜状析出物が認められた.メタンをヘリウムで希釈した場合にはグラファイトのみが析出した.」(同号証90頁11~18行)、「プラズマの発光分光分析によれば、表7.2に示すように、CH4(5%)-H2プラズマにおいては、Hが著しく強く、CHやC2が弱く認められた.CH4(5%)-Arrプラズマにおいては、CHやHに比してC2がかなり強く、Cの存在も認められた.CH4(5%)-HeプラズマにおいてもCH4-Arプラズマと同様のスペクトルが認められている.」(同号証90頁26行~92頁2行)との記載があ。

原告は、この記載を引用して、本願発明に相当するメタン・水素混合ガス(CH4(5%)-H2)を用いたプラズマの場合には粒子状のダイヤモンドが析出し、引用例発明に相当するメタン・アルゴン混合ガス(CH4(5%)-Ar)を用いたプラズマの場合にはグラファイトとダイヤモンドを含む膜状析出物が得られるから、炭化水素とは別に加える水素の有無により、生成される炭素膜が異なることが実証されていると主張する。

そして、前示松本文献の記載には、1Torrの圧力下、出力150Wのマイクロ波で形成したメタンのプラズマにおいて、水素によってメタンを希釈した場合に基板上へ析出する炭素膜がダイヤモンドであり、アルゴンによってメタンを希釈した場合に当該炭素膜はダイヤモンドとグラファイトを含むことが開示されており、かつ、アルゴンによってメタンを希釈した場合は、反応性炭化水素気体をプラズマ化したという点では、引用例発明の炭素被膜の作製方法と共通した点が存在する(なお、スパッタガスであるアルゴンを堆積ガスのエチレンに変えることによって始まったとされている引用例発明における炭素被膜の形成において、アルゴンガスの全部をエチレンに変えたのか、その一部をエチレンに変えたのかが定かではないことは、当事者間に争いがない。)。

しかしながら、松本文献に記載された炭素膜の析出は、1Torrの圧力下、出力150Wのマイクロ波で形成したメタンのプラズマを用いて行うのに対して、引用例発明における炭素皮膜の析出は、引用例(甲第5号証)の「ここで報告して研究に用いられた堆積パラメータはテーブルⅠに記載されている。」(同号証訳文2頁5~6行)との記載、及び「テーブルⅠ」記載の堆積パラメータ(同2頁)に示されるとおり、5×10-2~13Paの圧力、周波数13MHz、100~1000Wの電力の条件下でエチレンのプラズマを用いて試みられている。そして、1Torr(トリチェリ)が約133.3Pa(パスカル)に相当し、マイクロ波が1~100GHz(1000~100000MHz)の周波数の電磁波であることは技術常識であるから、松本文献に記載された炭素膜の製法は、プラズマを形成する条件のうち、少なくとも、処理気体、処理圧力及び電源の各点について、引用例発明の炭素皮膜の製法と技術的に異なるものであることが明らかである。

したがって、松本文献に記載された製法によるメタン・アルゴン混合ガスを用いたプラズマの場合が、引用例発明に相当するとはいえず、その場合にグラファイトとダイヤモンドを含む膜状析出物が得られたとしても、引用例発明の炭素皮膜が本願発明のダイヤモンド類似の炭素皮膜と異なるものであるということはできない。

(4)ア  1988年4月発行の「thin solid films (Vol.158 No2)」(甲第8号証)には、「水素で希釈した炭化水素ガスCH4(注、メタン)とC2H4(注、エチレン)のr.f.グロー放電プラズマ分解によって硬質炭素膜を形成した。」(同号証訳文1丁8~9行)、「原料の炭化水素ガスは、水素で希釈したCH4とC2H4・・・を用いた。」(同丁下から3~2行)、「シリコン基板上に、CH4を用いて堆積した硬質炭素皮膜中から、ダイヤモンド粒子が得られた。」(同3丁8行)、「C2H4原料からはダイヤモンドが得られないことから、CH3ラジカルがダイヤモンドの成長に寄与していると思われる。」(同丁20~22行)、「ダイヤモンド粒子の成長は、CH4を原料とした硬質膜にしかみられない」(同4丁3行)との各記載があり、これらの記載によれば、同文献には、水素で希釈したエチレンのプラズマにおいてはダイヤモンド粒子の成長がみられなかった旨が記載されているものと認められる。

しかしながら、同文献の「膜の堆積にはコンデンサー型のプラズマ発生装置を用いた。13.56MHzの周波数のr.f.電力を電極に印加する。」(同1丁下から5~3行)、「図5と図6は、純粋なC2H4を原料に用いたときのガス圧に対する炭素膜の成膜速度とプラズマ中のΣIPOの値を示している。柔らかい膜から硬い膜への転移は、約0.01torrで起こる。」(同2丁下から5~3行)との各記載及び図5(同号証236頁)の記載によれば、同文献には、エチレン100%を使用し、温度200℃、周波数13.56MHz、電力100Wの条件下でプラズマ化した場合に、圧力が10-2Torr(1.33Pa)以下であれば硬質炭素膜の形成があることが示されているものと認められ、加えて、同文献の「TABLE 1」(同号証238頁)の記載によると、水素で希釈したメタンを原料とした場合についてではあるが、得られた硬質炭素膜の硬度が4600kgfmm-2(これがビッカース硬度であるかヌープ硬度であるかは定かでないが、いずれにしても、ビッカース硬度4500kg/mm2以上であることは前示(2)のウの認定説示に照らして明らかである。)であることが示されているから、同文献は、プラズマ形成条件を適宜選択することにより、エチレンから、ダイヤモンド類似のビッカース硬度4500kg/mm2以上の硬度特性を有する硬質炭素膜を作製できることを示唆するものということができる。

したがって、同文献の記載によって、引用例発明の炭素皮膜が本願発明のダイヤモンド類似の炭素皮膜と異なるものであるということはできない。

イ  1986年1月15日発行のH・ハート著、秋葉欣哉外1名訳「ハート基礎有機化学」(甲第9号証)には、「はじめに攻撃してくる求電子試剤はプロトンH+であり、これがπ結合に近づくと、2つのπ電子は炭素原子の1つとプロトンの間にσ結合を作るのに使われる。」(同号証74頁下から9~7行)との記載がある。

原告は、この記載を引用して、引用例発明の作製方法においては、エチレンの一部が分解して水素イオンを生成しても、この水素イオンは直にσ結合を作るのに消費され、ほとんど残らないから、引用例発明のi炭素層が「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」ものであるとはいえないと主張するが、同文献には、該記載部分が、通常の熱化学反応ではなく、プラズマ中で生じる化学反応について説明したものであることを示す記載は全くないから、該記載によって、審決の前示判断を誤りとすることはできない。

ウ  1990年6月30日発行の吉田貞史著「応用物理工学選書3 薄膜」(甲第10号証)には、「通常の直流、高周波グロー放電では電離度は高々10-4であり、大半は中性粒子である」(同号証67頁12~13行)との記載があり、また、1984年発行の「表面科学」第5巻第4号に掲載された奥田孝美の論文「プラズマの基礎」(甲第11号書)には、「低温プラズマの発生は比較的低い圧力(10-3~10Torr)の気体を電界で加速された電子によって電離する、いわゆる電界電離を用いる。荷電粒子密度と中性原子・分子密度の比で定義される電離度は10-4以下で低い。」(同号証2頁右欄下から14~10行)との記載がある。

原告は、この各記載を引用して、引用例発明の作製方法において、プラズマ中に存在する水素原子は、エチレンの分解によるものだけが13MHzの高周波グロー放電により生成され、その電離度はせいぜい10-4(0.01%)程度であるから、水素が反応性炭化水素気体の脱水素化に関与する量であることはあり得ないと主張する。

しかしながら、麻蒔文献に、「プラズマは『イオンと電子が混在し全体として中性を保っている状態』と定義される.分子や原子のイオンおよび電子の存在する空間-プラズマ中には、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、遊離原子(ラジカルという)・・・などが必ず存在する.これらは化学的に極めて活性である.」(甲第6号証114頁7~11行)、「空間にプラズマを作るには、その空間で電子を走らせ気体分子と衝突させてこれをイオン化したり励起(イオン化されないが活性化された状態)することが基本となる.」(同頁下から3行~1行)、「圧力を下げ、電子をうまく加速してやると電子のスピードは上がりスピードを温度に換算した電子の温度・・・は気体の温度よりグンと高くなる・・・この状態になるとわれわれの所望の活性なプラズマを作り、イオンやラジカルを利用することができるようになる.」(同号証115頁下から4行~116頁3行)との各記載があることは当事者間に争いがなく、また、麻蒔文献(甲第6号証)には、さらに、「このように一般に励起はイオン化よりかなり低いエネルギーで起きやすい.この状態では気体は低温であり低温プラズマという.・・・低温プラズマにおいては気体は低温であるにもかかわらず、イオン、励起粒子、ラジカルなど活性種が多く、高温における化学反応に匹敵する反応を低温において行うことができる.」(同号証116頁5~10行)との記載がある。

これらの記載によれば、プラズマ中においては、電界電離で生成したイオンや電子それ自体ではなく、イオンや電子と気体分子(中性分子)との衝突により生成する、化学的に極めて活性な、励起原子、励起分子、遊離原子(ラジカル)等が、プラズマを活性化させるものであること、プラズマにおいて、電界電離した電子をうまく加速してやれば、気体分子との衝突によって、イオン、励起粒子、ラジカル等の活性種を多く生成でき、その結果、低温プラズマであっても、高温における化学反応に匹敵する程の化学反応を行うことができることが認められる。そうすると、プラズマにおける電離度(荷電粒子密度と中性原子・分子密度の比)が低く、荷電粒子であるイオン、電子の量が少ないとしても、そのことは直ちにプラズマの活性が低いことを意味せず、プラズマ中で、反応性炭化水素気体の分解によって生じる水素が反応性炭化水素気体の脱水素化に関与する量であることはあり得ないとすることはできない。

前示(1)のウのとおり、「いつもプラズマ中に存在している」水素が相当量あると認められることもこれと符合するものである。

(5)  以上によれば、審決が、本願発明と引用例発明との相違点につき、「プラズマ中には、分子や原子のイオンや電子、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、ラジカルなどが存在し、化学的にきわめて活性な状態にあるから・・・炭化水素ガスのプラズマ中でのクラッキングによるカーボンの製造においては、プラズマ中に炭化水素だけでなく、炭素や水素単独の状態でも存在するから、水素原子と反応性炭化水素気体の水素原子が衝突し、それによる脱水素反応も当然起こると考えられ、引用例においても『水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された』ものということができ、この点で引用例記載の発明と相違するものということはできない。」(同4頁12行~5頁7行)と判断したことに原告主張の誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 井上弘道)

平成2年審判第11005号

審決

神奈川県厚木市長谷398番地

請求人 株式会社 半導体エネルギー研究所

東京都港区西新橋2丁目15番17号 レインボービル8階 鴨田国際特許事務所

代理人弁理士 鴨田朝雄

東京都港区西新橋3-5-1 橋場ビル2階 鴨田・西森国際特許事務所

代理人弁理士 西森浩司

昭和62年特許願第229386号「炭素被膜」拒絶査定に対する審判事件(平成4年5月15日出願公告、特公平4-28785)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和56年9月7日に出願された特願昭56-140653号の出願を、昭和62年9月12日に特許法第44条第1項の規定により分割して新たな特許出願としたものであって、その発明の要旨は、平成5年3月30日付けの手続補正書により補正された、当審において出願公告された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された炭素を主成分とし、5モル%以下の水素を含むダイヤモンド類似の炭素被膜。」

にあるものと認められる。

これに対して、当審における特許異議申立人、坂本陽の提示した、その出願前日本国内において頒布された「Thin Solid films」VoL.80 第227~234頁(1981年ELSEVIER SEQUOIA発行。昭和56年7月9日、東京工業大学附属図書館受入。以下、「引用例1」という。)は、「i-カーボン層の製造と機械的、電気的及び光学的特性上の新結果」についての報告であって、その第233頁には、「赤外線分光器及びクロマトグラフィーの測定値によれば、i-カーボン層はかなりの水素量を示した。5ミリトルのエチレン圧と、200ボルトのバイアス電圧で得た層の水素含有量は約5原子%である。」ことが記載されており、またその第227頁には、「炭化水素ガスの高周波又は直流グロー放電プラズマ中でのクラッキングにより製造されたカーボンの顕著な性質は、その高いマイクロ硬度、低電気伝導性、適度な透明性、高屈折率及び鋼に対する低滑り摩擦係数により“ダイヤモンド類似”と呼ばれるようになった。

しかしながら、プラズマ成層においてはイオンが卓越した役割を果たすため“i-カーボン”と呼ぶことが一般的になってきた。」ことが記載されている。

そうしてみると、引用例1には、水素含量、約5原子%、即ち、約2.5モル%の水素を含む、炭素を主成分とするダイヤモンド類似の炭素被膜が記載されていることになる。

そこで、本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、両者は炭素を主成分とし、5モル%以下の水素を含むダイヤモンド類似の炭素被膜の点で一致し、前者がさらに「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」との製法による限定がされているのに対し、後者には、具体的にその限定がない点で一見相違する。

次いで、上記相違点について検討する。

プラズマ中には、分子や原子のイオンや電子、これらと中性分子との衝突などにより生成される励起された原子や分子、ラジカルなどが存在し、化学的にきわめて活性な状態にあるから(必要なら、麻蒔立男著「薄膜作成の基礎-第2版-」第114~116頁、昭和59年7月30日第2版1刷、日刊工業新聞社発行)、炭化水素ガスのプラズマ中でのクラッキングによるカーボンの製造においては、プラズマ中に炭化水素だけでなく、炭素や水素単独の状態でも存在するから、水素原子と反応性炭化水素気体の水素原子が衝突し、それによる脱水素反応も当然起こると考えられ、引用例においても「水素原子を反応性炭化水素気体の水素原子に衝突させる脱水素化により作製された」ものということができ、この点で引用例記載の発明と相違するものということはできない。

したがって、本願発明は、引用例に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年8月28日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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